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緊急車両・模型・ウサギをこよなく愛でるブログ
by j-birdpuri
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関東・東北旅行<被災地編>
3日目。


最初の被災地、岩手県・大槌町へは先にも書いたとおり午前3時頃に到着。
街中は灯り一つない真っ暗闇でしたが、山手にあるバイパスにローソンがあり、こちらは通常通り営業しておりました。
日の出までの時間、駐車場でしばしの睡眠です。



早朝5時。
辺りが明るくなってきたので被災地視察を開始。


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最初に目に入ったのは大槌町立・大槌小学校。
津波被害を受けた上に、火災にも巻き込まれ全焼状態でした。

ちなみに、右隣に見える緑のテントが仮の町役場です。


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こちらが元の役場。
完全に津波に飲み込まれ全壊しています。
中央に巡回中のおまわりさんがいますが、神奈川県警からの応援の方でした。


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町役場の隣にある消防本部庁舎は2階が崩落していました。


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少し離れた所にはキャビンのなくなったポンプ車が無残な姿を晒していました・・・。


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ローソンの向かいには大型スーパーの「マスト」があります。
ここは緊急消防援助隊として出動した堺市消防局が最初に活動に入ったところで、スーパーを埋め尽くす流出家屋や瓦礫の写真を見たことがあります。



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大槌町から釜石へと向かう途中の両石湾付近。
JR山田線の鉄橋以外は家一軒ない惨状です。



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釜石市内へと到着。
鉄筋コンクリートの建物が多数残っていますが、全て津波に襲われており人の姿はどこにもありません。


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路上にポツンと置かれていたぬいぐるみ。
誰かの供養のために置かれたものなのだろうか・・・。


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海岸の側にある釜石警察署も2階まで浸水し閉鎖されていました。


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駐車場には津波に飲まれて大破したパトカーや白バイが一箇所に固められていました。



続いて大船渡へと移動。


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市内を走っていると大船渡消防署を発見し、撮影させていただきました。

大船渡市は少し高台にある国道45号線沿いに市役所・消防署・警察署があり、津波による被害を受けることはなかったようです。


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大船渡警察署では千葉県警察の応援部隊を撮影。


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こちらは群馬県警察のハイラックスサーフ。


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おお!
我らが大阪府警のサインカーではないですか!


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国道45号から望む大船渡湾。
一見被害はないように見えますが、よく見ると瓦礫が散在しています。



続いて陸前高田市へ。


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街に着くなりいきなりの驚愕の光景。
4階まで津波が到達したのか・・・;


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水没した高田松原第一球場。
本当ならばここには緑一杯の公園が広がっているはずなんですが・・・。


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地震による地盤沈下によりその姿はどこにもありません。


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公園西側にある“キャピタルホテル1000”も3階天上まで浸水して現在は閉鎖されています。


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市内中心部方向。
右手に見える白い建物は市民体育館です。
画面中央付近には大船渡線の線路があるはずなんですが・・・。



続いて宮城県・気仙沼市へ。


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辺り一面瓦礫の山でした。
道路こそ砂利道ながら復旧していたものの、それ以外は全く手付かずという状況です。
街中には下水の臭気も漂っていました。


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ナビどおりに走っていたら、突如目の前に大きな船舶が・・・。


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気仙沼警察署も閉鎖されています。


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しかし、高台にある気仙沼消防署は健在でした。


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気仙沼市南部の陸前小泉付近の模様。
気仙沼線の高架上に流された家屋が引っかかったままになっています。


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南三陸町歌津の伊里前湾付近。
気仙沼線の橋脚が津波で流出してしまっています。


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南三陸町志津川の清水浜駅。
駅手前の線路が土台ごと流出してしまっていました。



程なく南三陸町へと到着。


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3階建てアパートの屋上には本来そこにあるはずのない乗用車が。


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市内はご覧おとおりの無残な状態でした。


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町の防災庁舎も骨組みだけの無残な姿に。
このアンテナ部分に掴まって、佐藤町長は辛くも生存できたんですよね。
あの映像は本当に衝撃でした。


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大きく損傷した志津川病院。
この屋上に陸上自衛隊のUH-60Jが着陸し、孤立していた多くの患者や医師・看護士を救出したんですよね。
あのシーンには本当に感動しました。


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陸前戸倉付近に集結していた警視庁の応援部隊。


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陸前戸倉から石巻市に沿岸沿いで向かう道路は至る所で津波により被害を受けており、ご覧のとおり応急的に砂利で復旧した場所がほとんどでした。


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石巻市十三浜付近にて、被災車両の山の中にあった北上町消防団の被災車両。


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津波で完全に破壊された石巻市役所支所。


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石巻市内へと到着。
沿岸部にある門脇小学校もご覧のとおりの有様です。


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石巻湾。
防波堤は健在ですが、その内側は破壊されてしまっています。


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すぐ側の交差点には警視庁交通機動隊の指揮車の姿が。


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石巻市の隣、東松島市のJR仙石線・鹿妻駅前に展示されている航空自衛隊の先代ブルーインパルス「T-2」。

以前にネトゲで知り合った友人に連れてもらって見にきたことのある思い出の場所です。
近くの松島基地は津波で壊滅し、この場所にも津波が到達したようで、機体の根元には乾いた泥が残っていました。


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今回回った被災地の中で、唯一被害の痕跡が皆無だった日本三名所の松島。
湾内にはご覧のとおりヨットや遊覧船が浮かんでおり、街中は多くの車と観光客で埋め尽くされていました。



その後、塩釜から仙台市内へと入り、時間もあったので仙台空港付近まで足を伸ばしました。


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海側より空港を望む。
明日から国内線の運行が再開されますね。



以上で被災地視察は終了。


今回の被災地視察、人によっては「未だ被害に苦しむ被災者がいる中を、物見遊山で見に行くなんてけしからん!」と言われるかもしれません。

しかし、わたしは行ってよかったと思います。
震災以降、テレビでも多くの映像が流され、ネットでは今でも多くの津波映像を見ることができます。

でも、映像で見るのと、実際に現地を見るのとでは、感じるものが全然異なりました。


この経験が今後どのように生かされるかは判りませんが、いつ来てもおかしくないと言われる東南海地震の津波浸水予想地域に住むわたしにとっては、常日頃の防災意識にとって非常に有用であったと思っております。

by j-birdpuri | 2011-07-24 10:42 | 日記
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